肺がんについて
かつて国民病と言われた肺結核は,ストレプトマイシンやリファンピシンが登場してその治療は一変しました。しかし現在の肺がんに対する治療をみると,まだまだ抗結核剤が導入された頃に相当するようには思えません。外科治療は依然として肺がん治療の中心的存在となっています。
疫学
我が国における2000年の肺がんによる死亡数は、2002年国民衛生の動向によると男性3万9053人、女性1万4671人で、昭和30年と比較して男性は5.9倍、女性は4.4倍となっています。悪性新生物(がん)死亡全体の中で占める割合も増大し、男性では第1位、女性では第3位です。
がんの病因として考えられているのは、一般に化学的発癌物質、ウィルスによる腫瘍化、放射能による発癌などであるが、まず、発癌(はつがん)を促すイニシエターがDNAに傷をつけ、遺伝情報を変え、さらに癌化(がんか)を促進するプロモーターが働いて細胞が癌化します。肺がんの場合、喫煙が有力なイニシエーターとなり、特にタバコの中性分画がそれに関連します。
一方タバコの弱酸性分画はプロモーターの役割も果たしています。国立がんセンターの集計によると、19歳未満から喫煙を開始すると肺がんによる死亡率は人工10万対で137.6、一方非喫煙者は24.1であることから約6倍も肺がん発症が多いとしています。10年以上の禁煙でも禁煙後の肺がん死亡率は1.4倍となります。自動車の排気ガスとくにディーゼルエンジンで発生するニトロピレン類も高い発癌性があるといわれています。
肺がんの症状
肺がんの症状は、がんの発生部位によって異なります。肺の末梢にできる場合には自覚症状に乏しく、中枢に発生すると早い段階から血痰などの症状が出現する場合があります。
血痰等の症状ががあっても必ずしも進行肺がんではありません。
肺がんの診断
肺がんの増加により肺がん検診が全国各地で行われるようになり、特に近年らせんCTを中心とした画像診断法の進歩により、微小肺がんが発見されるようになりました。気管支鏡検査もしくはCTガイド下生検(皮膚の上から針で肺の一部を採取し、顕微鏡で癌細胞の有無を調べる)などの病理学的検査を行います。
健診等で胸部異常陰影を指摘されても、全てが肺がんとは限りません。肺炎や結核を含む炎症性肺疾患や良性腫瘍のことも多くあります。
肺がんの進行度は、がんの大きさだけで決まるわけではありません。しかし、より小さいほうが治療成績は良い傾向です。過去の自験例からは、1センチ以下であれば非常に良好な治療成績でした。
胸部レントゲンで発見できる大きさは5mm以上と言われています。根治性の高い5mm未満の肺がんや、5mm以上でも発生する部位(心臓の裏や肋骨の裏など)によってはレントゲンには描出されません。そのようなことからも、肺がんにおけるレントゲン健診は肺がんの早期発見には無効であるとの意見もあります。そうしたことから、当院では肺がんの健診はレントゲンではなく胸部CTによる健診をお勧めしています。
肺がんの治療
肺がんは大別して非小細胞がんと小細胞がんに分類することができ、治療方針も異なります。
肺がんの治療は外科療法、化学療法(抗悪性腫瘍薬)、放射線治療の3本柱からなっており、患者の背景因子(年齢、合併症)、PS(全身状態、体力のことで5段階ある)、病期(ステージ)、組織型(腺癌、扁平上皮がん、小細胞肺がんなどというような細分類)などによって治療方針を決める必要があります。
1. 非小細胞肺がん
肺がんの進展の程度、治療方針の決定に役立つように、TNM分類が作られている。一般にT因子(腫瘍の大きさ、広がり)、N因子(リンパ節転移の有無およびその範囲)、M因子(脳など遠隔転移の有無)ともに進行例ほど予後が悪い。これらの因子の組み合わせに基づき病期(IA期からIV期)が決定し、それに対応した治療がなされる。しかし、先に述べた様に同じ病期でも、全身状態、心肺機能などにより治療が異なる場合がある。各病期別の治療法は概ね下記の通りです。
IA,IB期およびIIA,IIB期:外科療法
IIIA期:外科療法を行うが根治性が乏しく、化学療法や放射線治療も行うことが多い。
IIIB期:放射線療法、抗癌剤による化学療法と放射線療法の合併療法、抗癌剤による化学療法後(放射線治療を合併する場合がある)に外科療法、抗癌剤による化学療法。
IV期:抗癌剤による化学療法、放射線療法。癌性疼痛、他の苦痛に対する症状緩和を目的とした治療。
2. 小細胞がん
小細胞がんは非小細胞がんと比較して広範かつ早期に血行性、リンパ行性転移をきたし進行が早い反面、全身化学療法、放射線療法に対する感受性が比較的高く、非小細胞がんとは著しく異なる臨床上の特徴を有しています。治療法は数多くの臨床試験の結果により着実に進歩していて、化学療法と同時に胸部放射線治療を行うことにより良好な結果が報告されています。小細胞がんの初回診断時における脳転移の頻度は10%程度にすぎませんが、その後2年間の累積発生率は50%以上に達します。そのため、予防的に脳照射を行うことが多い。肺の局所再発も多いことから、外科治療で完全切除できた場合でも化学療法を行います。手術前に診断確定しているときは、まず化学療法、放射線治療を行い、のちに手術するのが原則です。
(1)外科治療
現在、肺がんに対する標準的外科切除は肺葉切除とされています。しかし。肺がん検診とくに胸部CT検診の普及により、小型肺がんが発見される機会が多くなりました。無症状のGGO(CT画像でスリガラスのように淡く見える小さな異常陰影)は、肺胞壁のみを被覆する癌細胞で構成され周囲への広がり傾向が少ないので、病巣のみの切除でも再発のおそれは少ないと言われています。どの範囲で切除すべきかについて議論がなされているが一定の見解はありません。
従来は大きく背中や腋の下から開胸手術を行い肺切除を行っていましたが、ビデオ機器の進歩や手術器械の開発により、より低侵襲(手術時の患者さんの体力的負担が少なく、回復が早い。)な手術が可能となりました。
胸腔鏡手術は20世紀初頭に肺結核患者の癒着剥離を行ったことに始まりますが、当時は画像が暗いなどの理由により一般化しませんでした。その後のビデオ機器の進歩もあって、1980年代後半に腹腔鏡下胆嚢摘出術が施行されたのをきっかけに、1990年代になって、急速に「胸腔鏡手術」も普及しました。
胸腔鏡手術の低侵襲性については、術後疼痛、出血量、術後在院日数の優位性は言うまでもなく、手術成績(再発率、死亡率)も従来の開胸手術と比して遜色ない結果を得ています。一般に悪性腫瘍の手術後は、肉体的侵襲ばかりではなく精神的な侵襲も加わり、これが術後の回復を遅らせる要因の一つとなる。大きな術創は術後の精神状態に悪影響を及ぼす可能性があります。胸腔鏡手術 は肉体的に低侵襲であるばかりか、目立たない「きずあと」のため、精神的な面でも早期回復、早期社会復帰が可能と考えられます。
しかし、すべての場合でない今日手術ができるわけではありません。血管形成や気管支形成が必要な進行した肺がんでは従来の開胸手術が必要になります。
当院ではこれまでの経験から、病状に応じた手術術式を検討し、最適な病院をご紹介させて頂いております。
(2)化学療法
肺がんは小細胞がんと非小細胞がんに大別されることは前に述べました。小細胞がんは化学療法が第一選択となりますが、非小細胞がんは外科療法が第一の選択です。しかし、外科的に切除されたがリンパ節に転移の認めるものや、手術が適切でない場合には化学療法(抗腫瘍薬)を行うのが一般的です。
現在の化学療法はシスプラチン(白金製剤)を中心とした多剤併用療法が主流です。シスプラチンは重篤な腎障害を起こすおそれがあるので予防のために点滴で大量の水分補を必要としたり、吐き気・嘔吐もあるので入院治療が必要です。
1990年代になって新しい抗腫瘍薬が次々に登場しました。これらの組み合わせによって従来のシスプラチンを含む化学療法に匹敵する効果が得られ、大量の点滴が不要なこともあって外来通院での化学療法が可能となりました。ただし、患者側の意欲、全身状態や自宅が病院から近いなどといった条件の他に、急変時にすぐに入院できる病院側の態勢も重要です。外来化学療法は1~2週間に一度の通院にて行います。施行前に採血を行い、前回治療の副作用チェックが必要で、成績によっては治療延期することもあります。
従来の抗腫瘍剤は盛んな細胞分裂に着目して創薬されているのに対して、分子標的治療薬は特定の腫瘍特異的な異常を標的として創られます。現在多くの分子標的薬剤が開発されています。最も臨床試験が進んでいる薬剤は抗HER-2抗体で乳癌に対して使用されるハーセプチンです。単剤では効果が低く、抗ガン剤と併用されています。EGFR阻害剤であるゲフィチニブは肺がんで初めて承認された分子標的薬剤で、悪性腫瘍においては多くの上皮性悪性腫瘍で高発現しています。肺がんでは40-80%の症例で高発現していますが予後には影響が少ないとされています。ゲフィチニブの効果予測因子としてはPSが良好、腺癌、女性などが挙げられますが、EGFR発現からゲフィチニブの効果予測はできません。ゲフィチニブの奏効例の大多数に、EGFRチロシンキナーゼ部位のDNAの変異があります。その変異はアメリカ人より日本人に多く、やはり女性、腺癌に多く認められました。ゲフィチニブには致死的な合併症である間質性肺炎があります。EGFR変異症例のほうが、EGFR正常型症例よりもゲフィチニブの奏功率や予後延長効果が有意に高いと考えると、今後のゲフィチニブの安全かつ効果的な使用を目標として、EGFR変異陽性例にのみ選択的に使用すれば合併症に見合うだけの治療効果が得られるのではないでしょうか?近年はエルトチニブやアファチニブなどの新規分子標的薬も開発され新たな治療戦略として期待できると思われます。
当院では、施設整備の遅れから、化学療法は分子標的薬導入後の維持療法のみ行っております。遠方で治療中の方で通院が困難な方はご紹介状をいただければ当院で治療継続可能です。
(3)脳転移に対する放射線治療
肺がんの放射線治療は、①切除不能の非小細胞がん、②術前・術後照射、③小細胞がん、④予防的全脳照射(小細胞肺がん)、⑤上大静脈症候群(腫瘍によって上半身から心臓に戻る血管が圧迫され狭窄)、⑥骨・脳転移などに対して行われています。
脳転移に対して近年新しい治療法が普及しつつあります。局所治療の可能なガンマナイフ治療です。別名、「定位的放射線手術」とも言われており、ナイフや手術という名前がついていますが、メスで切ったりするような手術ではありません。201本のガンマ線(X線より波長の短い電磁波)が一点で集まるように設計されています。それぞれのガンマ線は弱いので頭を貫通するときに正常組織へ影響を及ぼす恐れは最小で、焦点のごく狭い範囲にのみ強力なエネルギーが発生します。しかし、多発脳転移に対しては未だ全脳照射が必要になります。その理由としてガンマナイフは局所療法であるため画像上見えない腫瘍が多数存在する場合には治療に限界があり、また一度に多数のガンマナイフ治療を施行すると急性脳浮腫が起こる可能性があるためです。